私がCANに入った理由は、「表現力」を身につけたかったからです。私は音楽(歌)をやってますが、自己満足の域を越えないなぁ、と常に思ってました。そこで普通なら音楽専門のボーカル教室などに行くのでしょうが、身体の全てで表現するという事なら、歌専門より演劇の方が勉強になるのでは?と思って入学しました。

実際入ってみると、発声や空間への意識など、ステージやライブで疑問に思ってた事が次々にカリギュラムに出てきて驚きの毎日でした。また他人にものを伝える事への妥協の無さは、入って最も意識させられた点であります。そしてもう一つ学んだことが、演劇という世界で生活している方々の職業意識の高さ。いかに私が演劇に対する認識が低かったか…お詫び申し上げます。

50や60歳の手習い、とよく言いますが、人からものを学ぶという謙虚な姿勢は、50を過ぎた今だからこそ大切にしたいと思います。先生や一緒に学ぶ方々との出会いを大切に、自分の芸を完成させるために頑張っていきます。

出身地:北海道
サイズ:171cm
趣味:曲づくり 歌うこと
特徴:お人好し

[2017年2月卒業]

卒業式で自分の名前が呼ばれたとき、びっくりして座っているのに飛び上がってしまった。自分が卒業できるとは思っていなかった。卒業証書を受け取ったときもまだ頭のなかは真っ白だった。卒業するときにはもっと淡々としていたいと思っていたのに、やっと落ち着いて答辞をしゃべりだしたら、無性に悔しくなって泣いてしまった。

あんまり、いい形での卒業ではなかったと思う。それまでのレッスンは酷いものだった。同じ事を繰り返し、同じダメが続き、やり方を変えろと言われ続けた。わたしに出されるダメのほとんどは、言われたことを正しくやってこないことが原因だった。入所したときからもうずっと言われていることだった。たまたま発表会前の最後のレッスンを前にして、やっと言われたことをやってきてコツをつかみ、たまたま卒業してしまったのだった。

卒業するまでに長い年月がかかってしまった。それは不器用だとかそういうことなんかより、なにかを必死でつかもうとする執念とそれを為すための努力が足りなかった、というか、なかったからだと思う。やめるよりゆっくりでも続けた方がましである、なんて私は決して言えない。ほかの同期やあとから入った人たちもみんな私よりもはるかに早いスピードでカリキュラムをこなし、さっさと卒業してしまった。それは当たり前だけど、その人たちがみんな、私より必死になってレッスンを受けて、練習して、たくさんの工夫をしてきたからで、なのに、その事実を私はずっと認められなかった。本当に情けない。そういう弱い自分を見つめていれば、もっと早く、もっと納得できる卒業ができたのかもしれない。

そんな訳で、卒業はできたとはいえ素直に綴っていたら、あんまりキラキラしていない、ネガティブな卒業文になってしまいました。私はまだ、スタート地点にも立っていなくて、やっとスタート地点の場所がわかったというところにいます。それもまだ確実に手にした訳でもなく、きちんと自分のものにしていかなくてはならない。長くレッスンに通っていたのにこんなにも身に付いていないのは恥ずかしいです。でも、遠回りした分、まっすぐ、誠実でありたいです。(0022)

観劇に行ったときにf「趣味でやってもいいじゃん!」と書いてあったチラシが目につきました。演劇をやってみたい!!けど、シフトで仕事しているので曜日制であれば出来ないなと思っていました。とりあえず、体験レッスンを受けるだけ受けようと思い、受けてみました。回数制のレッスンもあり、仕事と両立して出来たことと、受けてこれは真剣にやらなければならないという気持ちになったからです。

今の感想を一言で言うと、悔しいけど、楽しいです。自分が上手く出来ていないことをスタジオで感じることや、自他のレッスン生を見て体に感じる素敵な響きに悔しいと感じます。また、逆に自分が頑張れば少しずつ喉が楽に声が出るようになって外に響く感覚が出てくることが楽しいです。

今後は、相手に聞こえる声を出せるようにしていきたいです。そして、私は会話の掛け合いのシーンを見るのが好きなので、相手に伝わるようにな会話シーンを出来るように頑張って行きたいと思います。

出身地:東京
サイズ:153cm
趣味:観劇
特徴:慎重

sakakibara2

CANに入る前、いくつかの養成所の体験レッスンを受講してみました。そこでは、自分が理解できなくてもどんどん進んでいくという印象を受けました。何故CANを選んだのか? じっくりと教えてくれる。一つずつ一つずつ教えてくれる。それがCANではないだろうか。

 

最初に面接をした時、「上達するまで、それが出来るまでやります。」と先生は仰った。私は、佐々さっさとやるつもりは無いし、ゆっくりじっくりやりたかった。他の養成所では、育てる意識より売り出す意識が強く窺われた。その養成所は不合格だった。けれども不合格で良かったと思う。合格していたら流れで入ってしまったに違いない。

 

CANでは、しっくり念入りに時間をかけて教えてくれる。だからこそ、CANに入いれて良かったと思っている。

 

出身地:埼玉県
サイズ:168cm
趣味:音楽鑑賞、TVドラマ
特徴:働き者

kuroda2

休職中に紹介されたのがきっかけでアマチュアコースを始めました。その時の私は、次にどんな仕事を選んだら良いのか、何に対して生きる目標を持ったら良いのか、とても中途半端な状態でした。

紹介をしてくれた人からも、とにかく何かを始めればやりたいことが見えてくるかもしれないよ、と背中を押され、それもそうだと思いやってみる事にしました。

最初は身体を動かしていなかったせいもあり、体操だけでも息が切れてしまう程でしたが、慣れてくると体操自体が本来の人間の動きを自然にまとめたものだったので、無理なくできるようになりました。それは、発声とかのカリキュラムで身体全体を意識して行うので、続けていると姿勢や腹筋が自然と良くなりました。会話劇などは演技だけでなく背景や考え方なども一緒に行うのでとても面白いです。先生に言わせれば、「それを含めて演技なんだよ」とのことです。

そんなこんなしているうちに、仕事が決まり、時々所属のクラスに行けないこともありますが、別の日に振り替えることが出来るので忙しくても続けられます。まだはっきりとはしてませんが、私自身がやっていきたい事がぼんやりと見えてきたような気がします。

 

出身地:東京都
サイズ: 155cm
趣味:コスプレ
特徴:こだわりが強い

ayu2

[2016年2月卒業]

2011年6月。CANのスタジオの扉を初めて開けた日。その日からもう4年半が経ちました。光のように過ぎ去っていった気がします。

当初はまさか自分が卒業証書をいただくことなんてないと思っていました。毎年先生が笑顔で卒業生に渡していたのを見て、自分もいつかきっとなんて思うようになったのはいつの頃でしょうか。しかし実際手にすると、名誉なものを貰えた嬉しさ、そのレベルに達していないと感じる悔しさ、目標がひとつ消える寂しさなど様々な感情が入り混じり、複雑な気持ちになりました。

初めのころは演技のエの字も知らないまま勢いで入学してしまった私は、大変な苦労をしました。臆病で、声が小さくて、自分に自信のない私が、演技をすることによって少しずつでも変わってきたような気がします。

自分の今まで生きてきた世界では知り得ない物事や人物と触れることが、いかに楽しいかを知りました。自分の中に存在していた色んな感情や感覚を知りました。お芝居という世界を作り上げる、その楽しさを知りました。

それを教えてくれた先生に今、とても感謝しています。

先生の言葉はまるで魔法のようでした。

何度やっても出来なくて絶対にできないと思っていたことでも、先生ができないはずはないとおっしゃるだけで、その言葉を信じて諦めずにやろうと思うだけで不思議と出来てしまいました。

どんなにダメでも、それでも何とかしたいという気持ちでいれば、先生は決して諦めないし見捨てない。その確信があったからこそ、今まで頑張れました。先生からビシバシ感じる嘘いつわりのない芝居への情熱は、私のお尻を叩いてここまで連れてきてくれました。

私はアマチュアですが、演技をすることが単純に、とても楽しいです。

卒業証書をもらいましたが、今になってやっと「客に観せるためにお芝居をする」という感覚が分かり始めた気がしています。

どこまでいけるかは分かりませんが、もっともっとお芝居の楽しさ、奥深さを知るために、突き進めるだけ突き進んでいこうと思います。

永遠に続く巨大な階段を、一段一段よじ登る気持ちで。(0021)

yotumoto

私は会社で事務の仕事をしています。

毎日のデスクワークの中で、運動が苦手な私でも、楽しく体を動かせる場所はないか、と探していた時にこのスタジオCANを知り、体験レッスンを受けてみました。

ホームページ等にも載っていますがスタジオCANの良い所はなんといっても演技の基礎をしっかりと教えてくれるところです。

私自信、演技は全くの未経験だったので正直不安も大きかったです。ですがCANでは最初から演技をしろとは絶対に言われないのと、一対一なので自分に合ったペースでレッスンを進めて下さるので演技初心者の方や人前で話すのが苦手な方などでも楽しみながらレッスンを受けられるんじゃないかと思います!

さらに最初の頃に教わる発声や、アクセントなどは日常生活でも活用することができます。

私は会社の朝礼で社是やテキストを読む時など、正しい形でお腹から声を出すよう心がけたり、相手(朝礼ではほとんどの人が聞いてませんが)により明確に伝わるよう話してみたりして、CANで学んだことを少しずつ毎日の生活の中に取り入れるようにしています。

今はまだ入って間もないですが、今後本格的に演技をする日のため、基礎の部分をしっかり学び、かつ楽しさを忘れずレッスンを受けていきたいと思います!

出身地:東京都
サイズ:167cm
趣味:音楽を聴くこと
特徴:狭く深く

usui

私がCANに入ろうと思ったきっかけは、社会人になる前から演劇に興味があり、いつかはやってみたいと思っていました。そんな時に同じ気持ちだった友人の薄井さんとなにか学べるところがないか、さがすようになりました。そこで薄井さんが提案してくれたのがCANでした。個別指導というところやお手頃な価格に惹かれ、「ここにしよう!」と意気投合し、すぐに体験レッスンを申し込みました。そして、体験レッスンで演技の基礎を教えていただき、そこで表現する、楽しさを感じ、ここで、もっと学びたい!と思いCANに入ることを決めました。

CANに入って演技を初めて学んでみて、簡単だと思っていたことも、いざやってみると全然うまくいかない事ばかりで、壁に当たってばかりです。ですが、毎回先生が真剣にご指導してくださり、少しずつ出来る事が増えていくレッスンがとても楽しいです。

これから、CANで演技も人としてもたくさんのことを学び、悔いのない道を進んでいきたいと思います!

 

出身地:東京
サイズ:154cm
趣味:歌うこと、音楽を聴くこと
特徴:優柔不断

koyama

[2015年3月卒業]
今年度卒業証書をいただいた。
昨年度までに卒業された皆さんに申し訳ない気持でいっぱいだ。なぜなら私が卒業証書の価値を大幅に下げてしまったと思うから。今思っていることは、これから少しでも進歩して、いい演技ができるようにし、皆さんをがっかりさせないようにしたい、ということ。
もちろんこれからもレッスンを続けるのは、先輩方のためというわけではない。自分自身のためだ。演技の世界は豊かで奥が深く、魅力的だから。

子どもの頃演劇にあこがれていた私は、社会人になり、その思いを封じ込めてきた。しかし時にその思いが頭をもたげた。そういう時は、「演劇は架空の世界だ。私は現実の世界で活動しているのだ。」と自分をなだめすかした。でも退職したら演劇をしよう、と夢を描きもした。
そして早めに退職した私はこのスタジオCANの門を叩き、アマチュアコースに入った。演じるのは簡単なことと思っていた私は、それがとんでもないことだとすぐ気づくことになる。
最初の体験レッスンから、「難しい!」と思った。体操でつまずくし、発声のカリキュラムでは他の生徒さんと比べものにならないほど時間がかかってしまった。でも辞めたいとは思わなかった。その一番の理由は、先生が決して諦めず、導き続けてくださること。

私は昔、「演劇は架空の世界」と思った。今も一面から見ればそうだと思う。しかし「演技」に関して言えば、本当のことしかやってはいけないのだ。そのこと をスタジオCANで学んだ。観る人には、本当のことをしているかどうか伝わってしまう。嘘は見抜かれるのだと実感を持って理解する。理解しながらも、本当 のことが私にはなかなか出来ない。私に染みついた「演技=それらしく振る舞う」というイメージが洗い落とせないのだ。しかし、「本当の演技」に向かう道が 見えることがある。ある時は先生の温かいひとことの後で、ある時は先生の恐ろしい(?)ダメ出しの連続の後で。そしてスタジオで道が見える時もあれば、帰 りの電車の中で突然目の前に道が開けることもある。鈍い私の感覚がやっと働き始める、その時……楽しい。
先生の示す人間観には感動するときもあれば、正直言って「こわい!」と思うこともある。よくよく考えると、人間のいろいろな側面、受け入れ難い側面も受け 入れていくのが演劇人の精神なのだ、と腑に落ちる。そしてアマチュアコースの私達にも演劇人としての矜持を披瀝していただくことに、言い様のない感動を覚 える。
教材となる作品やその登場人物の捉え方の深さにも感動する。先生の捉え方を知ると、自分の捉え方の底の浅さに愕然とする。だから……学び続けたい。

そろそろこの文章を閉じたいのだが、そもそも卒業感想文とは何について書くのが正解なのだろうか。
「ここまで書いておきながらそれはないでしょ。」と自分に突っ込まなくてはいけないところだが、「そうだね。」と自分に言ってあげたい気もする。なぜなら最初に書いたように、「私は卒業証書をいただくにはふさわしくない。」と自覚しているからだ。
しかし先生は「卒業証書は敢闘賞のようなもの。」とおっしゃってくださったので、先生が私の頑張りを認めてくださったと喜ぶことにしようとは思っている。 確かに私は出来なくても諦めなかったし、今も諦めない。少しは出来ることも増えてきた。 でも賞をあげるなら私は先生に差しあげたい。先生は、遅々とした歩みの私を見放さないで指導してくださっていらっしゃる。時間の長さだけではない。先生の 指導の一瞬一瞬は、気を抜かない、感覚を研ぎ澄ましての、一瞬一瞬だ。珠玉の時間をくださる先生に、感謝の気持ちでいっぱい。

「卒業感想文として書くべきことが分からない。」と書いたが、卒業証書をいただいたことに対しての身が引き締まる思いがどんどん成長してきていることに、今、気がついた。その思いの中にある決意のいくつかを最後に記す。
○ 先生が言い続けてくださる「体操が一番大切。」を大切にしよう。ここにはたくさん の宝物が隠れているはずだから。
○ 身についたと思っても油断せず練習し続けよう。練習しなければいつかできなくなっ ているということがあるのだから。
○ 身についたことも、正しく身についているか、見直してみよう。自分の都合のいいよ うに変えてしまうのが人間の特性だから。
○ 理解してもしなくても先生のダメ出しを受け止め、勇気を出してやってみよう。自分 の理解の範囲の外に、自分の知らない自分が見つかるのだから。

卒業証書は私をもう一度原点に戻らせてくれた。先生ありがとうございます。

付け足し
スタジオCANの皆さんは、先生を含めて私より若い方達ばかり。若い人大好きだけ れど、私ぐらいの年齢の人も入ってこないかなあ。先生は高齢の(?)私にもちゃんと厳しくしてくれる。私はそこが大のお気に入り!厳しく温かい指導のも と、進歩し続けようという「気持の若い」方、待ってます!(0020)

 

20150601_1437065

[2014年3月卒業]
こんにちは!スタジオCAN創設以来、卒業までの最長記録保持者の渡邊です。
そして恐らく、この記録が破られる事はないかと……。
ネガティブレジェンドなので続く皆様は決して更新してはならないのです。よろしくお願いします。
そんな晴れの日を迎えた私に対し、卒業の送辞では『やっと。』『飯田橋の生き残り。』『いつ卒業するつもりなんだ?』など散々な言われようです。
CANの中でも『飯田橋』のキーワードの意味がわからない人達がほとんどのようです。
それだけの時間が流れたと言う事です。

そして卒業という、今日のこの日を迎えるまでには私自身、多くの紆余曲折がありました。
色々な事情があり『半年お休みをください。』と言いました。それでも『ちゃんと戻ってこいよ。』言って送り出してくれました。
結局、半年という約束はどうしても守れなかったものの、10ヶ月後に戻って来た時、
『ちゃんと戻って来たんだな。』と言いながら、少し笑顔だったような気がしています。
その他、本当に色々な事がありました。
でも不思議と辞めたいと思ったことはありませんでした。
そしてようやく卒業証書を授かる事が出来ました。

先生は日頃、CANの卒業に然程の意味はないとおっしゃっています。
私自身、卒業証書を受け取るために自分の手を伸ばしながらも、本当に卒業の意味を拝受するに自分は足りているのかと思いながら先生へと向き合いました。
そして気がついたのです。卒業する意味は有る!
卒業を許された者だけが見ることが出来る物が、受け取る事が出来る物がそこには有るのです。
“それ”を受け取った時、不覚にもこみ上げる物が抑えられなくなりそうでした。
それは物でも形に残る物でもありませんでした。でも、確かに確実にそこに有るものでした。
そうして本当の意味でのスタートラインに立つことが出来たのかもしれません。
このスタートラインに立ち、晴れがましく思う気持ち、喜ばしいと思う気持ち、少し恐いと思う気持ちもあります。しかしながら改めておごらずに粛々と受け止めて、襟を正して新たな一歩を踏み出したいと思っています。

先生、先達の皆様。同じ時を過ごす皆様。そして全ての皆様に心から感謝しています。ありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。(0019)

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